晴れ渡った空を眺めながら坂道を上った。
ゆっくりとゆっくりと上った。
澄んだ朝の風が僕を追い越していった。
いつもの京都とは違う速さで時間は流れていた。
そこにはそこの時間があって、
そこにはそこの空気があるなと思った。
全盲の先輩に研修会への参加を頼まれたのはもうだいぶ前だった。
彼女は同じ鹿児島県の出身だった。
幼児期にはしかで失明した彼女を父は外に出そうとはしなかったらしい。
学校に行ったのは成人してからだった。
結婚もして、それからの人生を尾道で過ごすようになった。
楽しい日々だったらしい。
ただ長くは続かなかった。
突然の病魔が彼女のご主人を奪った。
それからの日々を大きな家で一人で過ごしておられる。
きっと寂しさも大きいのだろうが前向きに生きておられる。
80歳を過ぎた彼女へのプレゼントのつもりで僕は尾道へ出かけた。
研修会は仕事ではなかったが、いつも以上に気持ちのスイッチが入っていた。
彼女のためでもなく講座のためでもなく、
いつのまにか僕は自分自身のために頑張っていた。
無意識に自然とそうなっていた。
そこにはそこの空気があって、
そこにはそこの幸せがある。
人間同士の営みの中にきっとある。
僕もその空気の一部になりたいと思ったのだろう。
またいつか、今度はゆっくりと尾道を訪ねてみたい。
坂道をゆっくりともうちょっと長く歩いてみたい。
(2017年5月16日)