バス停までのたった100メートルほどの道、
いつもなら口笛を吹きながら歩ける道、
今朝は立ち往生してしまった。
残雪が凍りついていた。
簡易型のスパイクを靴底に装着していたのでスリップすることはなかったのだけれど、
白杖がほとんど役に立たなかった。
どこまでが歩道なのかどれが点字ブロックなのか判断できなくなった。
聴覚だけを頼りに歩いたが不安は増すばかりだった。
とうとう途中で立ち止まってしまった。
僕は他の足音を待った。
しばらくしてその足音が遠くから聞こえてきた。
子供なのか大人なのか男性なのか女性なのか、
足音では判らない。
でも間違いなく人間の足音だ。
「バス停を教えてください。」
僕はまだだいぶ先の足音に向かって叫んだ。
「もう少し右ですよ。」
大きな声が帰ってきた。
そして足音はスピードを増して僕に近づいてきた。
「どうしてあげたらいいですか?」
年配の女性だった。
僕は彼女の指示で歩いた。
バス停まではたった十歩程度だった。
それが判らないのが見えないということなのだ。
「たまに見かけるけど、いつも一人ですごいですね。頑張ってくださいね。」
バス停に着くと彼女は僕の肩を軽くたたきながらそうおっしゃった。
「ありがとうございます。」
僕は深く頭を下げた。
他人同士が励まし合ったり助け合ったりできる。
人間って生き物は本当に素敵な生き物だ。
そしてそのちょっとしたやりとりで、
数分前までの不安な心が幸せ色に変化していた。
僕は空を見上げて真っ白な雪を思い浮かべた。
(2017年1月18日)