歌姫の透き通った声が会場をやさしく包み込んだ。
見える人の心にも見えない人の心にも見えにくい人の心にもその声は沁みこんだ。
他を圧倒するような歌唱力でもないしどちらかと言えば地味な歌い方だろう。
それなのに彼女の歌う声は静かにゆっくりと心に沁みこんだ。
僕は北風の中の日だまりを思い出した。
人は誰も望んで障害者にはならない。
病気でどんどん視界が閉ざされていく時、
そこには不安や挫折や悲しみが存在する。
押しつぶされそうになることさえある。
ただじっと、ただじっと耐えるだけだ。
そんなことしかできない。
でもその間に無意識の中で、
人は生きていく力を蓄えていっているのだろう。
冬の凍てつくような大地の下で春が生まれてくるのと似ている。
ちょっと時間はかかったけれど、彼女の春が始まったのかもしれない。
僕は歌姫に大きな拍手を送った。
(2016年12月27日)