「松永さん、お久しぶりだね。」
改札口を入ったところで男性の声がした。
「どちら様ですか?」
立ち止まった僕に彼は自分の名前を告げた。
「会うのはこの20年で3回目くらいかな。僕はテレビでも新聞でも貴方をよく知って
いるよ。貴方と同じ病気だよ。」
そう言いながら彼は僕の手を自分の肘に誘導した。
僕達はゆっくりとホームへの階段を降りていった。
白杖歩行に慣れている僕には、
それはいつもよりずっと遅いスピードだった。
でも僕は彼の肘を持って歩いた。
サポートの肘を持つというのではなくて、
おぼつかない彼の歩き方がそうさせていた。
ホームに着いて電車が到着するまでの時間、僕達はとりとめもない話をした。
僕達はどちらも干支が鳥で、彼は僕より丁度一回り年上だった。
「その年齢でその状態だったら、ひょっとしたら一生光くらいは見えているかもしれ
ませんね。」
「僕もそう願っているんだけどね。」
電車の案内放送が流れた。
しばらく僕達の会話はさえぎられた。
僕が小さな勇気で言葉を探すには丁度いい長さの時間だった。
「きっと一生、大丈夫ですよ。」
放送が流れ終わった後、僕は根拠もない希望を心をこめて伝えた。
電車がホームに入る音が聞こえた。
乗車する時に僕は白杖で示しながら彼に声をかけた。
「この隙間、気をつけてくださいね。」
乗車して手すりを持とうとする僕を今度は彼が空いている席まで誘導した。
僕は座席に腰を下ろした。
「いつか手術ができるようになったら、父ちゃんの目を片方お前にあげるからな。」
昔父ちゃんがたった一度だけつぶやいた言葉が唐突に蘇った。
本気の言葉だったなと何故か思った。
その言葉がずっと心にしまわれていたことに気づいてうれしくなった。
「くれぐれも事故などに気をつけてくださいね。」
別れ際、僕はそれだけを彼に伝えて電車を降りた。
(2016年12月5日)