目が見えなくなるということは何もできなくなることに近いと思っていた。
実際に見えなくなった頃はたくさんのものを失ったような気がした。
自由に外出するという基本的な行動ができないということは何よりも大変だった。
それによって仕事ができないということが一番悔しかった。
リハビリを受けて白杖で歩けるようになったがなかなか職業には出会えなかった。
少しずつ努力は報われたが「人並み」とは程遠かった。
「人並み」を求めて歩き続けた。
「人並み」を目指して歩き回っていた頃、
帰宅した玄関によくおかずの入った袋がぶらさがっていた。
近くで暮らしていた両親が届けてくれたものだった。
僕の心には感謝と申し訳なさが同居していた。
本来ならこちらが届ける年齢だった。
ある時ガイドさんとデパートの地下を歩いていたら松茸を販売している声が聞こえた。
値段を尋ねたら3万円だった。
僕は衝動的に買ってしまった。
自分で食べたいと思ったわけではなかった。
デパートを出て包装紙をはずして実家に向かった。
「友達がプレゼントしてくれたんだ。すき焼きに入れたらおいしいらしいよ。」
僕は嘘をついて両親に渡した。
驚いたうれしそうな親父の声が今も忘れられない。
数日してまた玄関に袋が下がっていた。
松茸御飯だった。
松茸がどっさり入っていた。
きっとほとんどを僕に届けてくれたのだろう。
僕は泣きながら松茸御飯を食べた。
僕は僕のままでいいのかもしれないと何故か思った。
僕は「人並み」をあきらめられるような気がした。
(2016年10月24日)