とんかつ屋さんに向かう階段を彼女は不安そうに降りていった。
手すりを握りながら降りていった。
怖がっているのが伝わってきた。
地下に入って商店街を少し歩いた。
僕達はやっとお目当てのとんかつ屋さんに着いて注文をした。
店員さんは定食のお盆を運んできて僕達の前に置いた。
「うわぁ、大きいトンカツ!」
お肉好きの彼女はうれしそうにつぶやいた。
彼女は僕と同じ目の病気、歳は僕よりお姉さんだ。
病気が進行してだいぶ見えにくくなったと最近こぼしていた。
僕も心配していた。
その彼女が目でトンカツの大きさを確認できたのだ。
うれしさが込み上げてきた。
僕達はとりとめもない話をしながらトンカツを頬張った。
人間は微かにしか見えなくてもその目で見てしまう。
本能なのだろう。
何も見えなくなったら目は使わない。
いや使えない。
だから触覚で食器などを確認して食べるようになる。
慣れればほとんど問題はない。
だから食べるのはきっと僕の方が上手だろう。
食べ方がどうであれ、ちゃんと味わうことはできる。
「おいしかったね。」
店を出た後の彼女の言葉は美味しいものを食べた後の満足感に満ちていた。
それはささやかだけどゆるぎない幸福感のような気がした。
彼女の目はひょっとしたら人生の終わりまで光くらいは感じられるかもしれない。
いや、そうあって欲しい。
祈りにも似た気持ちが僕の心の中で膨らんだ。
(2016年9月20日)