白杖を持つ右手がおへその前くらいにあって、
左足が前に出るタイミングで白杖は右へ向かう。
その白杖が左へ向かうタイミングで今度は右足が前に出る。
背筋を伸ばしてリズミカルにというのがベストフォームということになる。
意識しているつもりなんだけれど時々やってしまう。
今朝も一瞬考え事をしてしまったのだろう。
左への振り幅が足りなかったようだ。
いや、右手の位置が少しずれていたのかもしれない。
どちらにしてもきっと数センチのことに違いない。
その数センチで左前方の路上にある鉄製の標識に気づかなかったのだ。
ゴーン!
激突!
サングラスが守ってくれているのだけれど結構痛い。
痛さはぶつかった瞬間がマックスで少しずつ小さくなるけれど、
悔しさはどんどん大きくなる。
もう20年近くも白杖歩行をしているのだから、
そろそろ達人の領域に達したいと思っている僕がいる。
平坦な道、段差のある道、上り階段、下り階段、
混んでいる道、点字ブロックのある道、状況によっていろいろな技術を使う。
白杖の握り方、持つ角度、振り幅、路面をたたく音の大きさ、スピード・・・。
画像のない僕がまるで見えているように、
風を感じながら歩けるのは自分でも快感だ。
あまりに悔しくてぶつかった標識を触っていたら、
一部始終を見ていたらしいおっちゃんが声をかけてくださった。
「ケガしてへんか?きつう当たったなぁ。」
確かに音は大きかった。
「いや、音は大きかったけどこの程度なら大丈夫です。
でもこれに気づかなかったんが悔しくてね。」
標識を触りながらぼやいている僕におっちゃんは今度は笑いながら言った。
「よう見かけるけど、目が悪いのにうまく歩けるなといつも感心してたんや。
ちょっとは見えてるんかなと思ってたけど、
ほんまに見えてへんのやなぁ。すごいなぁ。」
いつもならちょっと鼻が高くなりそうなのだけれどよっぽど悔しかったのだろう。
「まだまだ修行します。頑張ります。ありがとう。」
僕はそう言っておっちゃんと別れて歩き始めた。
(2016年4月27日)