「昨日の嵐でだいぶ散りましたなぁ。」
きっとバス停から見える桜の話だろう。
語り口と滑舌でおじいさんと判った。
「地面が桜色に染まっているのでしょうね。」
僕は尋ねたけれども一回では通じなかった。
だいぶ耳も遠くなっておられるようだった。
バスのエンジン音が近寄ってきた。
ドアが開いた時に行先案内の放送が流れた。
それが確認できた僕には何の問題もなかった。
僕がバスに向かって動き始めようとした時、おじいさんは僕の腕をつかんだ。
僕をバスまで連れていこうとしてくださったのだ。
でも、足元はおぼつかなく半分は僕にぶらさがった状態だった。
僕はおじいさんの歩調に合わせた。
バスの乗車口に着くと、僕はいつもより大きな声でゆっくりと話した。
「ありがとうございました。助かりました。」
今度は一回で通じたようだった。
「頑張りなさい。」
おじいさんは少しうれしそうにおっしゃった。
亡くなった親父を思い出した。
思い出しただけで涙が出そうになった。
おじいさんがもっともっと長生きしてくださるように祈った。
(2016年4月9日)