ライトハウスへ向かうバスに乗車した。
新入生らしい大学生の集団、研修に向かう様子の新社会人のグループ、
そして観光にきたと思われる外国人の旅行者達、
車内は身動きもできないくらいの満員状態だった。
僕は手すりに捕まってただじっとしていた。
バスは停留所に停まるたびに一定の降車乗車を繰り返したが、
混雑にほとんど変化はないようだった。
僕は相変わらずただじっとしていた。
いくつかの停留所を過ぎた頃、おばあさんが僕の手を握った。
「前が空いてるからお座りやす。」
そしておばあさんも一緒に横並びで座った。
ずっと空いていたのかたまたま空いたのかは判らなかったが、
ライトハウスまではまだだいぶある場所だったので僕はうれしかった。
「ありがとうございます」
おばあさんに感謝を伝えた。
「私も今目医者さんまで行くのですけど、見えんようになったらもう家から出やしま
せん。おたくさんは偉いどすなぁ。ほんまに偉いどす。」
おばあさんはまるでわが子を褒めるみたいな口調でおっしゃった。
「偉くなんかありません。くよくよしても仕方ないですからね。
ただそれだけです。」
おばあさんはたった10分間くらいのやりとりの中で、何度も偉いと褒めてくださった。
満員のバスの中で、入園式にも入学式にも入社式にももう縁がない僕とおばあさんだ
けの不思議な空間ができていた。
人生の先輩と後輩という関係だけで作られた空間だった。
僕は偉くはないけれど、
子供の頃父ちゃんや母ちゃんに褒められた頃のようなうれしさを感じていた。
「今ね、あちこちで桜がこぼれんくらいに咲いていますよ。
綺麗どすえ。見せてあげたいどすなぁ。」
おばあさんはその言葉を残して降りていかれた。
僕は桜を思い浮かべた。
満ち足りた気持ちになっていた。
(2016年4月5日)