ライトハウスでの会議が終わったのは21時前だった。
今年度の活動の整理とか来年度に向けての協議事項とか年度末らしい会議だった。
ちょっとの疲労感を感じながらバス停に立っていた。
四条大宮までの市バス、桂駅までの阪急電車を乗り継いで、
桂駅から洛西へ向かう最終バスにギリギリくらいの時間だった。
間に合わなかったらタクシーを利用することになるのだが、
できるだけ公共交通機関を利用したいといつも思っている。
そんなことを考えていたらバスがきた。
右手で持った白杖でステップを確認しながら乗車し、
そのまま左手をななめ上に挙げて空中にあるはずの手すりを探した。
考え事をしながら乗車したせいか、
少し勘が狂ってしまったようでなかなか見つからなかった。
やっと手が手すりに触れた時バスは発車した。
運がいい時は運転手さんや乗客の方が僕に気づいて空席を教えてくださる。
それがない時はこちらから声を出す。
「どこか空いていませんか?」
これも雰囲気で満員ではないと確信が持てた時だけにしている。
目は見えないけどまだ足腰は丈夫なので立っているのもできるからだ。
ただ、例えばライトハウスから四条大宮までの25分間、空いていれば座りたい。
今日は仕方ないなとあきらめて立っていた。
車内はとても静かだったので満員ではない感じだった。
いくつかのバス停を過ぎた時、
「ご主人、お座りになられますか?」
突然紳士の声がした。
「どこか空いていますか?」
「ほとんど空いていますよ。
ご主人の前も空いています。」
彼はそう言いながら僕に近づき、
僕が座るのを確認してまた元の席に戻っていかれたようだった。
「ありがとうございます。助かりました。」
僕はいつものようにしっかりとお礼を伝えた。
しばらく時間が流れてから、
「もっと早くお声かけしたら良かったのですが、すみませんでした。」
紳士がおっしゃった。
僕は驚いてしまい「いえいえ。」としか返事できなかった。
彼の誠実さとやさしさがしみじみと伝わってきてうれしかった。
何か言いたいのに言葉を見つけられない自分がいた。
目が見えていた時の僕は、
気づいても勇気がなくて最後まで声をかけることはできなかった。
彼が乗車してから少しの時間をかけて行動に移してくださるまでを考えたら、
しかも、静かな車内で他の乗客もおられる中ということを考えたら、
僕は感謝の気持ちでいっぱいになった。
感謝の気持ちが大きすぎて言葉が探せなかったのだろう。
紳士がどこで下車されたのかも判らなかったのだけれど、
「いえいえ。」としか言えなかった自分が情けなかった。
離れていたからありがとうカードも渡せなかった。
いや、頑張れば渡せたはずだ。
彼に比べて、僕は勇気がなかったのだろう。
結局最終バスには間に合わなかった。
タクシーの中で自分自身への腹立たしさや不甲斐なさを感じていた。
いつでもどこでも、
しっかりと感謝を伝えられる人になりたい。
(2016年3月17日)