視覚障害の友人から届いたお歳暮は山椒製品の詰め合わせだった。
じゃこ山椒に山椒昆布、山椒のあられなども入っていた。
山椒の香りとピリリとした風味が口の中一杯に広がった。
彼女と知り合ってもう10年は過ぎただろうか、
僕達はたまたま同じ病気が原因の視覚障害だった。
網膜色素変性症という病気は視野が欠損していくのだが、
その変化の仕方もスピードもまちまちだ。
僕は40歳くらいで全盲となったのだけれど、
進行のスピードは少し早かったのかもしれない。
ただ、これはどうしようもないことだったということは理解しているし、
あきらめもついている。
同じ病気で僕よりも長持ちしている人に出会う時、
もっとうらやむ気持ちがあってもよさそうなものだがそれはない。
逆に、一日でも長く見えていて欲しいなといつも願っている自分がいる。
きっと、見えるということがどんなに素晴らしいものかを実感しているからだろう。
この10年で彼女の病気もだいぶ進行した。
僕がそうだったように、
近づいてきた盲を意識した頃は複雑な思いがあった。
彼女はそんなことは口には出さないが、
きっと不安もあるに違いない。
ただ、例え視力がなくなる日がきても、
彼女は彼女であり続けるということは間違いない。
出会った時も今も、彼女のさりげないやさしさに変化はない。
彼女が穏やかな気持ちで新しい年が迎えられますように、
そして一日でも長く光を感じていられますように、
山椒のあられを何枚も噛みしめながら祈った。
(2015年12月27日)