10時から東京で始まる会議に間に合うように、
僕は4時半には起床して慌ただしく準備を始めた。
前日の夜も別の会議があったので、
寝ぼけまなこの状態だった。
画像のない人間の寝ぼけまなこ、
見えなかったらどう関係があるかと思われそうだが、
実はとっても大きな問題だ。
そんな時に限って、
方向を見失ったままで移動して壁にぶつかったりしてしまうのだ。
身支度が整った後、スタバのスティックコーヒーを飲んで気合を入れた。
福祉の専門学校の教え子からクリスマスプレゼントにいただいたものだが、
豊かな香りと深い味わいが脳へのモーニングコールとなった。
教え子に感謝しながら予約しておいたタクシーに飛び乗った。
東京での日帰りの会議は体力も気力も求められる。
どちらもが少しずつ低下してきているのは間違いのない自覚で、
58歳という年齢からすれば当然のことだと開き直っている。
頑張ろうという思いにぶらさがった倦怠感を感じながらののぞみの車中、
なんとなく時間が過ぎていった。
名古屋を過ぎて1時間くらい経った頃だろうか、
突然車掌さんからのあなうんすが流れた。
「進行方向左手に富士山がくっきり見えています。
皆様ご覧ください。」
瞬間車内が少しどよめき、
それから携帯電話のカメラのシャッター音があちこちから聞こえ始めた。
ほんの少し冠雪した富士山が真っ青な空に浮かび上がっているとのことだった。
朝の車内の空気までがすがすがしく変化した。
美しいものに出会うと人は心が動く。
そしてそれを写真にのこそうとしたり、
その写真を家族やともだちに届けようとしたりする。
感動を独り占めするのではなくて、
誰かにおすそ分けしようとするのだ。
車掌さんからのおすそ分けがきっと日本中のいろんな人に届いたのだろう。
人間って豊かな生き物だなって感じながら、
画像のない僕までもが窓から富士山を見上げてうれしくなった。
(2015年12月21日)