傘をさして荷物を持ってゆっくりと、
一歩一歩白杖で確かめながら歩道橋の階段を降りていた。
ちょっとだけ雨に濡れながら降りていた。
冬の始まりを告げるような雨は小雨だったけど冷たかった。
白杖を持つ手が少し悴んでいた。
悲しいとか寂しいとかの感情はなかったが、
見えない不便さが大きく立ちはだかっていた。
どうしようもない現実を感じながら動いていた。
「お手伝いしましょうか?」
階段の途中での若い男性の声だった。
「両手がふさがっているから、階段を降り切ったところから手伝ってください。」
僕はそう言いながらゆっくりと階段を降りていった。
彼は僕が頼んだ通り階段下からサポートしてくれた。
目的のお弁当屋さんはすぐ近くだったが横断歩道を渡らなければいけなかったので、
彼のサポートはとっても有難かった。
横断歩道で立ち止まって安全を確かめながら彼は話し始めた。
「松永さんですよね。
この前僕の通っている高校の3年生に講演に来ておられたのですが、
僕も聞きたかったけど僕は1年生なので無理でした。残念でした。」
高校の名前を確認したら確かにそうだった。
「でも、どうして僕を知っているの?」
僕は聞き返した。
「小学校4年生の時学校に来てくださったからですよ。」
彼は笑った。
6年ぶりの再会だったのだ。
僕はうれしくて彼の肩をたたいて喜んだ。
彼が10歳の時、僕は大勢の中の一人として彼に出会っていたはずだ。
その時間も1時間くらいだったに違いない。
それなのに彼は僕を憶えていてくれた。
しかも、僕が一番伝えたかったことを見事に実践してくれていた。
ほどなく僕達はお弁当屋さんに着いた。
「ありがとう。本当に助かったよ。
君の高校、毎年講演に行っているからきっと2年後にまた出会うね。」
僕は再度感謝を伝えた。
「楽しみにしています。」
彼はそう言って僕から離れた。
そして数歩動いたあたりで、
「妹も話を聞いたって言ってましたよ。」
彼はまた笑った。
僕は白杖をしっかりと握った。
もう手が冷たいとは感じなかった。
頑張って活動していても一気に社会は変わらない。
でもあきらめずにコツコツとやり続ければ、
ほんの少し僕にも何かができる。
僕にもできることがあるということはとっても幸せなことだ。
そう思ったらとてもうれしくなった。
(2015年11月27日)