堀川のバス停へ向かって歩いていた。
たまにしか歩かない道なのでいろいろな音を聞き分けながら慎重にゆっくりと歩いて
いた。
「どこまで行かれますか?」
小さな路地を確認して止まったタイミングに合わせるように
若い女性の声がした。
「交差点の近くのバス停までです。貴女はどこまでですか?」
僕は聞き返した。
「多分、同じバス停だと思います。」
結局、僕は彼女の肘を借りて歩き始めた。
100メートルほどの距離、
さっきまでの単独歩行の緊張感はお休みさせて、
のんびりとのんびりと歩いた。
どこの誰かも判らないまさに赤の他人だ。
勿論顔も判らない。
僕に判るのは優しい人間というただそれだけだ。
「紫陽花がとっても綺麗ですよ。青空みたいな色・・・。」
突然の彼女の言葉で僕は一気にうれしくなった。
僕は立ち止まって頼んでみた。
「紫陽花、近くにあるのなら触らせてください。」
紫陽花は近くどころかすぐ脇にあった。
僕の手を彼女がそっと持ち、
僕の指先がそっと花弁に触れた。
記憶の中の紫陽花が瑞々しい色で蘇った。
もう20年近くも見ていないのにはっきりと蘇った。
「本当に綺麗ですね。」
つぶやいた僕に
「少しは見えるのですか?」
彼女は問いかけた。
「いや全然見えないのですけれど、20年くらい前までは見えていたので思い出したの
ですよ。うれしいですね。ありがとう。」
僕達は笑った。
そして僕は空を眺めた。
確かに頭上には梅雨の晴れ間の紫陽花色の青空があった。
(2015年6月10日)