この国の一部の人達はもうゴールデンウィークに突入しているのだけれど、
学校はカレンダー通りだ。
僕は午前中は福祉専門学校、午後は龍谷大学での講義だった。
朝8時過ぎに家を出て18時半に帰宅、
バス、阪急、地下鉄、近鉄、京阪、
10あまりの公共交通機関を乗り継いだことになる。
今日の講義では、
ペアになった学生達の片方がアイマスクを装着してサポートの方法を実習した。
学校の建物内での実習だったけれど何人もの学生が恐怖を感じていたようだった。
僕も見えなくなって訓練を受けていた頃、
確かにどこかで恐怖心との闘いをしていた。
あれから18年くらい経過したけれど、
今でも恐怖心が0になったことはない。
いつでも心の中にある恐怖心と仲良くお付き合いしながらの外出だ。
それでも外出するのは社会に参加したいという本能みたいなものなのだろう。
だからこそ、いろいろな場面でのサポートの声はただ助かるというだけでなく、
心までがほっこりする。
今日も京阪丹波橋駅で迷いかけてる僕に女性が声をかけてくださった。
以前その地域の小学校での講演を子供達と一緒に聞いていてくださった保護者の方だ
った。
反対側のホームの電車に乗るとおっしゃっていたので、
僕のサポートをしたためにきっと一本遅れてしまっただろう。
それでも彼女はしっかりと手伝ってくださって、そして笑顔だった。
阪急河原町の駅では二人の女性が声をかけてくださった。
学生時代に僕の講義を受講していた人達で、
二人とも今は福祉の現場で働いているとのことだった。
笑顔で握手をして別れた。
最後に桂駅に到着してバスターミナルへ移動していたら、
女子高校生が声をかけてくれた。
小学校での福祉授業で僕の話を聞いてくれたのだそうだ。
妹も話を聞いたとのことだった。
中学生の頃も駅で僕を見かけてサポートしてくれたらしい。
「今度サポートしてもらう時はきっと大学生になっているね。」
妹と二人分のありがとうカードを手渡した僕に彼女は素敵に微笑んだ。
もちろんその時間、僕の心の中の恐怖心は眠っていた。
どんなに設備が整い、機械の音声ガイダンスが流れる中でも、
恐怖心が眠ることはあり得ない。
未来はやっぱり人間同士が支え合う社会の向こうにあるのだろう。
それにしても10回の移動場面で3割のサポート、
野球だったらなかなかの数字なんだけどなぁ。
(2015年5月1日)