僕は彼女の顔を見たことはない。
知り合ったのは、僕が失明してからだ。
でも不思議なことに、僧侶の読経の間、
祭壇に飾られた遺影が、
なんとなく微笑んでいるのを想像していた。
自宅に帰り着いてから、「声の京都」というテープ雑誌を取り出して聞いた。
朗読ボランティアをしてくださっていた彼女の透き通ったやさしい声が流れた。
「風になってください」が出版されたのは2004年、
その翌年から、彼女の病気との闘いが始まった。
視覚障碍者の人達のために、
数えきれないくらいの入退院を繰り返しながら、
結局、彼女は最後までその活動をやめることはなかった。
僕は何よりも、生きていく力の強さを彼女から学んでいたような気がする。
テープを聞き終わって、
僕は手を合わせた。
「本当に、ありがとうございました。」
お通夜の棺に向かい合った時と同じように、
口から声がこぼれた。
何も画像のない僕の目前で、
また、彼女の遺影が微笑んだ。
(2014年5月22日)