ふと立ち寄ったカツ丼屋さん。
空いてる座席に案内してもらって、
しばらくすると、店員さんがオーダーを尋ねにこられた。
「ランチって、どんなのがありますか?」
僕の問いに、彼女はメニューを読んでくれた。
そして、Aランチがトンカツとエビフライのセットで、
手ごろな値段であることも教えてくれた。
僕はAランチを頼んだ。
しばらくして、お盆に載ったランチが運ばれてきた。
彼女は、ご飯茶碗、豚汁のお椀を僕に触らせて、
それから、空っぽのソースのお皿にソースを入れてくれた。
ゴマが好きかと尋ねられたので、好物だと言うと、これも入れてくれた。
それから、ご飯に、セルフサービスのお漬物も乗せてくれた。
「何か困ったら、すぐに声をかけてくださいね。
どうぞ、ごゆっくり。」
心のこもった言葉だった。
僕は、言葉通り、のんびりと味わいながらお昼を頂いた。
最近、いろいろなお店で、
マニュアルで憶えさせられたらしい言葉を、
矢継ぎ早につきつけられて、慌てることがある。
どんなにいい言葉でも、心がかようのとそうでないのは、
まったく違うものなのだ。
「お茶、足しておきますね。」
食事の途中に、彼女はお茶を注ぎにきた。
でも、お茶だけが目的ではなかった。
もし僕が困っていたら、
伝える機会をプレゼントしようとしてくれているのは、
彼女の言葉、声の流れ、動きで伝わってきた。
「ありがとうございます。大丈夫です。」
僕は、心からありがたいと感じた。
清算をすませて店を出る時、
今度は男性の店員さんが、
近くの横断歩道まで送ってくださった。
「時々、盲目の方がいらっしゃるんですよ。」
彼は笑顔だった。
言葉と笑顔の行間には、
「また、いつでもいらしてくださいね。」があった。
マニュアルにない言葉が、
本当のことを伝えるのだ。
また、寄りますね。
ご馳走様でした。
(2014年1月25日)